エターナルラブ瞑想とフラクタル心理学の組み合わせ2

前回の続きで、
今日は、エターナルラブ瞑想
(フルフィルメント瞑想)と
フラクタル心理学の違いです。

善悪の捉え方の違いです。
ここは、フラクタル心理学は凄いなーと、
思う点でもありますね。

まず、どの視点から創造をみているか?
ここが大きく違います。
私たち人間は、
一元(すべてはひとつ。なにもない世界)と
二元(想像されたものがある世界)を、
行ったり来たりする存在だと思うのです。

瞑想で経験する空(くう)は、一元です。
これは、普通の人でも、
夜、寝ている熟睡時、マインドが寝ている状態で経験してます。
(瞑想者は目覚めた状態で空を経験してます。これが本当の瞑想)

瞑想者は、瞑想歴が長くなると、
この一元を目覚めた状態で日常の中でも経験していきます。

だから「ありのまま」は
別に珍しくもなんともなく、

ありのままが知りたければ、 
寝ればいい。瞑想すればいい。
または、死ねばわかる(笑)
なんですね。

「生まれてきた」ということは、
間違いなく「ありのまま」
なんて求めてないのです。

「ありのまま」は、度を過ぎれば、
ただの怠け者で、成長を赤ちゃんで止めてる。
または、止めたい願望なのです。

ほんと、
ここは瞑想してる人たちは、
「はっ!」としましょうね。

一元という創造主(私)が、
「自分の創造力を見てみたいものだ・・」と
好奇心を持ったから生まれてきた訳ですし、
二元になってはじめて、
自分の創造性が垣間見れる訳です。

フラクタル心理学は、
一元が二元となって登場し、創造しうる限り
先のゴールから物事を見ているように思います。
高次元の自分の視点がありますね。

どちらの方がより成長できて創造的か? 
こんな視点があります。

フラクタル心理学は、
創造主のゴールの視点がありますから、
創造主である一元である空(くう)が、
はじめて方向性を持つのですね。
すると、その成長を促す思考や、行動は善であり、
妨げる思考や、行動は悪となります。
方向性が定められてはじめて、この善悪が登場するのです。

エターナルラブ瞑想(フルフィルメント瞑想)は、
一元の空(くう)を経験してますから、一元の視点。
これも高次元の自分の視点ではあるのですけど、
ゴールではなく、スタートの視点です。
ここが大きく違います。

エターナルラブ瞑想では、
すべてを受け入れる。
善悪も超えて受け入れる。こんな視点が増えていきます。
これはある意味、大きな包容力ですが、

本当にそれだけで、いいのでしょうか?

やっぱり、
人間は、一元と二元にまたがって生きてる訳ですから、
この「すべてを受け入れる」これをルールとするならば、
二元でもそれが適応されます。
すると、二元では辻褄合わないことが沢山、
登場します。

例えば、
善悪超えて、すべてを受け入れると思ってる人でも、
自分という肉体に 悪性腫瘍が出来ればどうでしょうか?
途端に「悪」として、排除しようとしないでしょうか?

「悪性腫瘍を受け入れる」とか、
転移しても「ありのままを許そう」
とか言ってる場合じゃないですもん。

つまりは、
そのルールを適用するならば、いつまでも癒せないのです。

悪は悪として、ダメなものはダメ。これを言えないと、
排除することもできないのです。

フラクタル心理学の
マスターコース入門の後に、

今までは、悪いことをしている人がいても
「ストレスが溜まっているんだろう」などと想像して、
強く言えない自分がいました。講座以降、
ダメなものはダメだと言える自分に変化したことを感じています。

子供を叱ることが出来た。
「叱ってもいいんだ・・」と理解できたし、
私の子育ては、間違えてなかったことが分かり、ほっとした。

こんなシェアーをしてくれた人がいましたが、
ありのままを受け入れないの。
そこに成長がなく、それを人間は望んでないから。

これは、とても大切な視点だと思いますね。

これは、高次の自分の
スタートの視点ではありません。
ゴールの視点なのです。

それは、
フラクタル心理学を学ぶことで、
はじめて得れるゴールの視点なのです。

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